郵便番号と市外局番

いつもJMCブログをご覧いただきありがとうございます。

3月に入り、一気に暖かくなってきました。
4月は年度替わりで人事異動の季節ですが、大手医療法人では4月一日ではなく、3月に人事異動という所が多くあります。
4月一日ではバタバタしてしまい、事務方は1か月前に異動という事でしょうか。
また、医療業界の転職支援、アルバイト紹介をするようになってから知ったことですが、事務長等要職に就いている方も異動が多いです。
一説によると業者との「癒着」を防ぐためとも言われております。もちろん内部事情により、赤字病院の再建を期待されての異動もあるでしょう。
様々な背景がありますが、お世話になった担当者が新天地でもご活躍される事を願っております。

JMCでは病院情報のシステムが導入されており、採用担当者が異動すれば、その情報も移し替えます。
システムは施設の病床数・認定施設等の情報や求人情報等が蓄積されています。
新しい病院・クリニックが開設された際は、郵便番号等住所登録から始めます。

さて、ご存知の方も多いかと思いますが、本日は郵便番号に関するトリビアをご紹介!
JMCの東京本社の所在地は東京都千代田区一番町13番地2 郵便番号は102-0082です。
1968年に郵便番号制が導入され、1998年2月に7桁化にされました。

郵便番号の上2桁は地域番号と呼ばれ、全国を00~99までの100の地域に分け、基本的には各県ごとに一つの地域番号を設定しています。
東京など郵便物の取り扱いが多い地域は複数の地域番号が割り振られています。
基本的なルールは「10~20」の東京都を起点に、以降は関東の各県に割り振られた後、東海、近畿、中国と西に向かいつつ数字は増えていきます。
その後は四国、九州と続いて沖縄の「99」で南下は終了します。
次は福井の91に行き、北陸から東北・北海道へ北上し、「99」の山形以降は、秋田は「01」、岩手は「02」と上1桁「0」の地域となるように設定されています。

それにしても、なぜ郵便番号はこのような順番に決まったのでしょうか?
(上1桁が)1を東京にあてたのは、当時、郵便番号を読み取って宛先別に郵便物を分ける自動読み取り区分機で読み取りやすく、郵便物の量が非常に多いという理由からの様です。

以降の番号は当時の郵便物の主要な流れに従って東海道、山陽道に沿って数字が増えていき、九州・沖縄に番号を割り振った後、北陸から東北・北海道に戻っっていきました。
これは、近代郵便が1871年に創業された際、東京、京都、大阪の3都市を拠点に東海道の各宿場で郵便の取り扱いが始まり、山口県下関市、長崎市と西へ範囲が広がった後、1872年に全国に範囲が広がった歴史と類似点が多いです。
東海道線、山陽本線から始まって東北、北海道が後になる点は、鉄道の時刻表にも似ています。現在では時刻表を冊子で見る機会が無くなってしまいましたが・・・
また、当初「00」は地域番号にありませんでした。しかし、札幌市に郵便局が新設されたことを受け、「04」~「09」が割り振られていた北海道で使われています。
また、制定当時、本土復帰前だった沖縄には、返還を見据えてあらかじめ「90」を確保していたそうです。

そもそも郵便番号は1968年、郵便物に書かれた数字を読み取る区分機が導入されることを受けて定められました。
55年度から65年度にかけ、郵便物が約49億通から約96億通と2倍近く増えました。現在はなんと約180億通!!
郵便番号の導入前は、郵便物を処理する作業のうち、区分けの作業が約7割の負担を占めていたとされています。
全国の地名や郵便局の配置を知るベテラン職員による熟練の技がないと、とても時間がかかってしまう作業だったのです。
番号を導入したことにより、機械の処理が可能となっただけでなく、機械がない局でも数字で区分することができるようになり、能率が上がりました。
当時の区分機は1分間に約360通を処理することができました。ベテラン職員の約7倍の速度だったようです。
また、読み取り機に通すには一定のサイズに郵便物の大きさを収める必要があります。
66年に郵便法が改正され、封書などの第1種郵便物に「定形」と「定形外」の区分けができたのも、機械の導入に伴うものでした。

しかしながら、68年9月8日の毎日新聞家庭面は、導入から約2か月たった郵便番号について「相手の番号を探すのに手間が掛かる」「郵便局の仕事の一部を肩代わりさせたようなもの」という主婦の声を紹介するなど批判の声もあったようです。
記載率は実施1年後は約65%。2年後に90%、3年目でようやく96%に達しました。効率的な配達に欠かせないことは、周知の通りです。

ちなみに電話の市外局番は、北海道から南下するに従って数字が増えていくという規則性が見て取れます。
「011」の北海道から「099」の鹿児島まで、上3桁で都道府県が識別できることを考慮して、割り振られています。
NTT東日本(東京都新宿区)の情報通信史料センタによると1956年の東京、大阪の電話帳に市外局番での電話のかけ方が書かれており、遅くともその年には一部の地域で市外局番が使用されたようです。

そして、興味深いのは沖縄が「098」、鹿児島が「099」となっている点です。
情報通信史料センタによると「具体的に資料がないので、推察の話ですが、72年5月に沖縄が返還された際、すでに市外局番の番号『099』まで各都道府県に使い切ってしまっていました。
そこで人口を考え、『099』の鹿児島よりも、宮崎が使っている『098』が将来の加入者数の増加にも耐えうる空きがあったので選ばれたのではないでしょうか」という事です。

鉄道インフラや歴史的背景が重なり、こんにちの郵便番号や市外局番が割り振られているのだと、勉強する機会になりました。
この他、市町村合併等でも変更を重ねたのでしょう。

しかし、昔の自宅の電話番号は覚えているのに、最近は全く覚える機会がありません。
スマートフォンが普及し便利な時代になりましたが、記憶力にとってはどうなのか不安になりつつ、やはりスマートフォンは手放せないという結論です(^^;